マイク1本、ギター1本、カメラ1台。格闘する様に完成したMOROHA「其ノ灯、暮ラシ」特別インタビュー(2/4)

2017.6.15 20:00

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MOROHA

—MOROHAは2008年に結成されました。アフロさんがUKさんに「やろう」と声を掛けた時のことを良く覚えていますか?

アフロ:当時のことを振り返って思い出すのは2つあります。ひとつは千葉でUKにやろうと話をした時と、もうひとつは町田でバンド名を決めた時ですね。

千葉に「BELT」というクラブがあって、そのイベントの時に、当時バンドを組んでたUKに対して「どうなの?」と話した後に、UKはぐずぐずっとしたことを言っていて、「だったら、そっちも並行してやってもいいけど、ふたりで力入れてペースゆっくりでもいいからやってみようぜ」って話したんですよね。その時、俺は俺で、就職して音楽は趣味でっていう風に逃げてたところもあって、これでちゃんとやるって決めたんです。

UK:クラブイベント終わりか、その最中に抜け出して、コンビニの前で座り込んで話した覚えがありますね。その時、やらなきゃなという腹くくった感じがありましたね。

アフロ:でもまあ、その瞬間にくくれたかというより、「とりあえずやりたい、それがいちばん楽しそうだから本気でやろうぜ」というくらいでした。そこから曲が仕上がって、人前でさらして、評価してもらって、だんだんこれは面白いことが起きるかもというわくわくと同時に、決意が固まっていくという感じだったと思います。

—MOROHAという名前を決めた時はどんな話をしたのでしょうか。

アフロ:当時UKが町田に住んでて、お互い酒が弱いのに、缶チューハイを2本ずつ飲んで、結構酔っ払って。

UK:そう町田の109の前に座り込んで話しましたね。

アフロ:漢字が好きで、「諸刃」の他にもなんだったかな、「飛車角」みたいなのもありましたね。硬派な漢字の世界観。

UK:恥ずかしいのばっかりで、まあ諸刃かなって感じで決まりましたね。

アフロ:ただ漢字で「諸刃」だとイメージが固まり過ぎちゃうかなって話して横文字で「MOROHA」にしたんです。

—「MOROHA」としてはじめてステージに立った日のことを教えてください。

アフロ:池袋ライブハウス「マンホール」だったと思います。いちばん印象深いのはUKがギターを弾くためのイスをスタッフさんから貸してもらえなかったんです。

UK:そう、今のあぐらスタイルの原点なんです。

アフロ:俺はテンション上がったんです。「イス貸してくれないから、俺アグラでいくよ」ってUKが言ったときに、それカッコいいじゃん、お前ずっとそれでいけよって、思ってましたね。

UK:それで後にひけず、今まで続いてるんです。

—2008年に結成してから今年で9年ですね。あっという間でした?

アフロ:長かったですね。濃かったなあと思います。

UK:MOROHAをはじめてから、2年くらいで1stのアルバム「MOROHA」は出したんです。出すまでの期間がものすごく長く感じだけど、今思えばそこからの期間の方が長いですね。

アフロ:UKは当時、大学生だったんです。俺は2年制の学校に行ってたから先に卒業して、ちょっと働いて、会社を辞めて、バイトしながらUKの住んでる町田に、週末だけ会いに行って、夜から朝まで音楽をつくって。MOROHAをやっている感覚はもちろんあったけど、今よりはないよね。UKは就職活動もしてたからね。当時、不安だったんだろうなあと。

UK:なんとか食い扶持を探すという感じだったんです。ただ、1stを出した時から実感もちょっとずつ湧いてきましたね。

アフロ:曽我部恵一さんにこの業界にいていいよ(注:2010年の「出れんの!?サマソニ!?」にエントリー。審査の過程において曽我部恵一から「MOROHA、本当にヤバい。事件だと思います」と評され、曽我部恵一賞を受賞)って言われてるような気がしましたね。そこから2ndを出すまでが結構しんどかったですね。

—何がしんどかったのでしょう。

アフロ:うまくいかなかったですね。結果がついてこなかった、とにかく結果がでなくて。

UK:ちょっとずつはプラスにはなってますけどね、曽我部恵一氏にフィーチャーされて、CDが出て。普通のバンドマンのセオリーじゃないですけど、そういうものを踏んでこなかったので、地の力がぜんぜん無かったんです。2ndまでは、それを取り戻す3〜4年という感じでしたね。

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