あったかくて、懐かしい。愛と記憶が滲むカセットテープの世界がひらいた日
渋谷の坂の上にあるカフェの一席。目の前には、まるで小さな箱のようなカセットプレーヤーが置かれている。初めてカセットに録音した自分の声を聴く瞬間、私は確かにどきどきしていた。
1966年、日本でマクセルブランド初のカセットテープ「C-60」が商品化し、今年で国産60周年。これを記念したイベント「カセットの日」が、7月~8月にかけて東京・渋谷、宮城・仙台、神奈川・箱根の3ヶ所で開催される。
カセットの録音に挑戦したり、音を聴き比べたり、アートを眺めたり。東京会場のカセットテープが聴けるカフェ・CASSEを訪れてみると、ときめく時間が待っていた。
まず最初に、カセットの録音体験をした。説明を受けながら、プレーヤーの「REC」ボタンを押してみる。結構固い。しっかり押さないとはまりきらずに戻ってきてしまう。タップするだけでスムーズに押せる平面的なスマートフォンとは違う、立体的な感覚。くるくる回るテープも、いかにも「機械を動かしている」という感じがする。カセットに録音された自分の声は、想像よりもずっとクリアだった。

そもそも、カセットテープというものはなかなかに手強い。曲を自動でスキップすることはできず、早送りも手動。B面を聴く時は一度取り出してひっくり返さなければいけない。最後の曲を聴き終わって、最初に巻き戻そうと思ったら数分はかかる。「次にこうしたい」と思った時、何かしら手を動かす動作が挟まるイメージ。サブスクで音楽を聴く気軽さに慣れた私たちからすると、正直不便かもしれない。でも、その手間が不思議と煩わしくない。自分がプレーヤーを操作して、音楽を再生しているという手触りがあるからだろうか。だから曲にも愛着が湧く。
カセットDJのパフォーマンスも見た。ブースの真ん中にはDJミキサー、そして両サイドにカセットプレーヤーが2つ。この日DJを担当していたtakuchiさんは、曲を繋ぐたびにもう片方のカセットを次のものへと変え、中央に今流れているカセットのジャケットケースを置く。数分ごとに行うその動きが忙しない。まさに職人技だ。この日のセットリストのテーマは歌謡曲とシティポップ。山下達郎や松任谷由実の懐かしいメロディーに、定期的にカセットプレーヤーのボタンを押す、カチッという音が混じるのが面白かった。

録音の後は、カセットテープの音楽を聴いてみる体験。店内にあるカセットの中から好きなものを自由に聴いていいということで、私はスピッツの『ハチミツ』を選んだ。学生時代によく聴いたアルバムで、CDバージョンの音源は耳に染みついている。きっとカセットの音との違いがよくわかると思ったから。
最初の一音を聴いて、びっくりした。音が全然違う。あったかい。そしてどこか懐かしい。ノスタルジーな歌声とサウンドとの相性もバッチリで、私はすっかりカセットの虜になってしまった。ちなみに、再生はアルバムの1曲目「ハチミツ」の途中から始まった。私の前に聴いた人がそこで再生を止めたからだろう。顔も名前も知らない、でも同じカセットテープを聴いた誰かのことを、少しだけ想像した。

そういえば、90代の祖母はカセットを愛好していた。祖母は自分の好きな曲のミックステープをいくつも作り、料理の下ごしらえをしながら、掃除機をかけながら、時には一緒に歌いながら、音楽を楽しんでいた。その様子は今でも私の心の中に残る原風景だ。懐かしさに誘われて、祖母の家に眠っているテープを引っ張り出してみた。

「愛にゆれて」「夜明けのブルース」「紫のマンボ」「ノラ」。歌謡曲が好きな祖母らしいラインナップ。A面とB面には同じ曲が同じ順番で並んでいる。しかもA面の1曲目は3回入れてある。一番お気に入りの曲だったんだろう。あまりにも自由。でもそれがいい。この世に1つだけ、ただ1人のための宝物という感じがして。カセットには、聴いた人の愛と記憶が残るんだなぁ。そんな愛おしい気付きがあった。

カセットテープは見た目も魅力の一つだと思う。色の種類が多く、レトロでどこか愛らしい。今回、店内ではビンテージラジカセや各音響メーカーのカセットプレーヤーの展示に加えて、カセットテープのラベル面をデザインするコンペも行われていた。手描きの文字やキャラクターが描き込まれた色とりどりのカセットは、眺めているだけでも楽しい。店の奥でペンを持って、夢中でラベルを描いている若い女性の姿も見かけた。カセットが今の若い世代をも魅了する理由が少しわかった気がした。

カセットプレーヤーは、持ち上げてみると結構ずっしりしている。1日持ち歩いたらまぁまぁ疲れるだろう。それでも、とっておきのお出かけの日に、あえて鞄の中に忍ばせたい。そう思った。例えば、海沿いをドライブする車の中で。自然あふれる森の中で。自分だけのプレイリストを入れたカセットテープを聴いたら、どんなに素敵だろう。想像するだけでうっとりする。カセットにはそんなふうに夢を広げたくなるロマンがある。
今、私の手元には新しいカセットテープがある。録音体験の後にもらった、自分の声が入ったカセットだ。数年後にふと聴いたら、この日の記憶がよみがえり、きっと懐かしい気持ちになるだろう。だからこの1本は思い出にとっておいて、新しく買ったカセットテープに自分の好きな曲を入れてみたい。ワクワクは膨らむばかりだ。

【「カセットの日」開催概要】
SHIBUYA
日程:2026年7月25日(土)~7月31日(金)
時間:11:00~21:00
会場:CASSE (渋谷)
住所:東京都渋谷区渋谷3丁目2-13 高橋ビル1階
SENDAI
日程:2026年8月7日(金)~8月11日(火)
時間:11:30~21:00
会場:Staghorn Records Analog Media Cafe
住所:宮城県仙台市青葉区一番町1丁目4-28 小松物産ビル 2F
HAKONE
日程:2026年8月23日(日)~8月29日(土)
時間:All Day (Art Exhibition)
会場:WPU HAKONE
住所:神奈川県足柄下郡箱根町強羅1320-179
※仙台・箱根会場はアート&展示中心のイベント
公式サイト:https://www.cassettedays.net/
※「WPU HAKONE」のUはウムラウトつきが正式表記

