宮崎薫、父・ASKAのことと誹謗中傷に苦しんだ過去から生まれた曲に込めるもの「同じ想いをする人が一人でも減って欲しい」
2012年から活動を続けているシンガーソングライターの宮崎薫さん。
音楽活動の傍ら、ラジオパーソナリティーも務めるなど幅広い活動をしていた彼女が、今年2月、世界で広く配信される動画配信サービス「Netflix」内の恋愛リアリティーショー「ラブ・イズ・ブラインド JAPAN」へ出演。その中で、自身の父親について言及したことによって、とても大きな注目が集まっています。
その注目の中、楽曲「Karma」を3月中旬にデジタルリリースすることを発表。また、そのミュージックビデオ制作のためのクラウドファウンディングプロジェクトを実施中であることがアナウンスされています。
今回は、そんな彼女に、新曲『Karma』の制作秘話、曲に込めた想い、そしてクラウドファウンディングプロジェクトをスタートさせた経緯を伺いました。
ーー2月19日からは、クラウドファウンディング「宮崎 薫 New Single『Karma』MV制作プロジェクト」が始まっています。企画を立ち上げようと思った経緯や込められた思いなど、お聞かせください。
まず「Karma」という曲は5年も前に書いた曲です。意図的ではありませんでしたが、長年温めてきたのには理由があります。今回のプロジェクトから少し話はそれてしまうのですが、お話させて下さい。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は二世であり、父はASKAという名前で活動しているアーティストです。2014年、5月。父が覚せい剤取締法違反で逮捕されました。まさに、晴天の霹靂でした。その日を境に自宅の前はマスコミだらけ。一日中インターホンが鳴り止みませんでした。当時していたアルバイト先に行くこともできず、部屋の電気をつけることも出来ない。そんな日々がありました。
私たち家族も状況を把握しきれていない中、テレビでは毎日トップニュースに取り上げられ、週刊誌には事実ではないことを書かれ、憶測が一人歩きして事実の様に世間に広まっていくことに苛立ちや悔しさを覚えました。
その時に感情を吐き出す様にかいた曲が「Karma」です。かなりパーソナルで主観だらけの歌詞だったので、なかなかリリース出来なかった理由はそこにありました。世間がどう受け止めてくれるか、共感してくれるか自信がなかったのです。「ライブの時だけ歌う曲でもいいのかも」そんな風に思っていました。
コロナ禍で悲しいニュースがたくさんありました。誹謗中傷をうけ、命をたった若い方たち。会ってお話したこともないのに、その事実がただただ悲しくて、何日も涙が止まりませんでした。家族と何気ない会話で笑うことも申し訳ない気持ちになったり、街中にいくと関係なしに時間が進んでいる景色を見るのが辛くなったり、SNSを開くのをやめていた時間がありました。「言葉の重み」を改めて考えさせられました。
そして去年の夏、番組を通して今まで一度も語ってこなかった父との関係をお話しました。パンドラの箱を開けるような感覚でした。自分の中でまだ整理しきれていない感情でいっぱいの箱。開けることで何が起きるかわからない。そんな不安がありましたが、出演をきっかけにその箱が開き始め、想像していたよりも自分に覚悟と勇気を与えてくれました。今ならみんなに『Karma』を届けられるかもしれない。そう思いました。
先ほどお話ししたように海外からの関心も高かったため、デジタルリリースだけで終わるのではなく、ミュージックビデオを制作し世界にも届けたい。そう思ったのがクラウドファウンディングに挑戦しようと思ったきっかけです。
誹謗中傷や行き過ぎたメディアの報道は日本に限らず世界に共通しています。この先同じ想いをする人が一人でも減って欲しいという想いと、言葉が凶器ではなく愛や感謝を伝えるものであるように。経験したことがあるからこそ、この想いを伝えることが私がアーティストとして出来ることだと思いました。
また、私からみなさんに一方通行に発信するのではなく、みんなで一つの作品として作り上げることによって、世界に届くものになると思いました。みんなで作り上げるパワーは必ず大きなものになると信じています。
※宮崎の崎は立つ崎。