AI時代の“ものづくり”を見つめ直す。クリエイティブフェス「Pixel × Pixel」を訪れて
仕事で文章を書いていて、ちょっとした調べ物や情報収集をしたい時、ChatGPTを開くことが増えた。近年、急速に人々の暮らしの中に普及している“チャッピー”は確かに便利だ。プロンプトを入力するだけで、こちらの期待以上の成果をもたらしてくれる。さらに「もっとこうしてみたらどう?」「こうすることもできるよ」というプラスアルファの提案まで。本当に助かる。ぜひお願いしたい。そこでふと立ち止まる。今はAIでここまでできるのに、私が文章を書く必要って本当にあるんだろうか?
10月17日(土)、天王洲アイルの寺田倉庫 D HALL/WHAT CAFEの2会場で、モーション・デザインのクリエイティブ・フェスティバル「Pixel × Pixel(ピクセル × ピクセル)」が開催された。さまざまな分野のトップクリエイターが集ったこのイベントで、“ものづくり”の原点に触れることで、自分の中で見えてきたものがあった。
モーションデザイン、3D、VFX、グラフィック、UI/UX、Web制作。「Pixel × Pixel」では、ビジュアル表現の最前線を走るクリエイターたちがトークセッションを展開した。その内容は、具体的な知識やノウハウに加え、仕事に対する信条・考え方までさまざま。参加者は2つの会場を自由に行き来して目当てのステージで話を聞いたり、参加者同士で交流したりすることができるという仕組みだ。

私が最初に観たのは、EJ Hassenfratzのステージ。彼はエミー賞受賞歴を持つ一流の3Dアーティスト/モーションデザイナーなのだが、この日語ってくれたのは、AI時代を生き抜くクリエイターなら誰しも共感できるような、とても身近な話題だった。AIの台頭で失われるアーティストとしての自信と、“仕事がなくなってしまうのではないか”という不安。彼の場合は、そこに長年飼っていた愛犬の死が重なった。深い悲しみの中で、自分が創作を始めた理由――クリエイターとしての「なぜ?」を見失ってしまった。

だが、そんな彼を救ったのもまた、創作だった。愛犬の絵を描き、アニメを作り、おもちゃを生み出す。最愛の存在をキャラクターに昇華するものづくりが傷ついた心を癒した。その後、自身初のショートフィルム「NUMO(ニューモ)」の制作に挑む中で、自分の原点の「好きなもの」を見つめ直したという。自分で考えながら手を動かす“創作”と、AIにプロンプトを入れる“生成”は違うという言葉が特に私の心に残った。自分の原点の「なぜ?」や情熱を見失わないように、作品を作り続けることが大事。彼は笑顔でそう締めくくった。

3Dイラストレーターとして活動し、今回の「Pixel × Pixel」のアートワークも手掛けた豊田遼吾は、実際の制作事例から、そのクリエイティビティへの情熱が伝わってきた。ルンバの新CMの監督・演出・アートディレクションなどを担当した豊田は、当初企業サイドから依頼された内容をより面白いものにすべく、コンセプトアートを作って自ら「こういう方向はどうか?」と提案したのだという。そこにあるのは、自分の創作をマンネリ化させず、常にワクワクしたものにしたいという気持ち。自分の関わるプロジェクトをなるべく大きく、楽しいものにするという信条が、彼の創作の源になっているのだろう。

豊田が仕事への向き合い方を語った一方、デザインスタジオ・MULTRAのファウンダーの森田仁志は、仕事以外の創作の心得を明かした。森田は自身が受注している制作とは別に、自主制作の映像を“everyday”として5年間毎日作っている。仕事では一つの作品が完成するまでに長い時間がかかる。それとは別に短いスパンで仕上がる成果物が欲しいと考えたことから始めた試みだそうだ。多くの人が共に動く仕事では、思うようにいかないこともあるだろう。だからこそ、誰に頼まれたわけでもない、自分のための創作は、ささやかな達成感を与え、自らの手でものを生み出すことの喜びを思い出させてくれるのではないだろうか。

3人のトークセッションに共通していると感じたのは、自分の「好き」を見失わないことの大切さだ。原点に立ち返り、好きなものが何なのか改めて考えてみること。常に妥協せず、面白いと思うものを追求すること。毎日ものを完成させ、自分をちょっとだけ喜ばせてあげること。トップで活躍するクリエイターはみんなそれぞれの方法で「好き」を守り続けていた。「好き」という気持ちこそが、クリエイターの生命線であり、聖域でもあるのだろう。じゃあ私の中の「好き」ってなんだろう?
私は子供の頃から読書が好きだった。幼稚園の教室の絵本。祖父母の家にあった名作文学や童話集。国語の教科書。図書室で借りたファンタジー小説。想像・空想への興味は次第に「書くこと」に移った。イマジネーションの形は絵画やアートなどいろんな種類がある。私の場合は、幼少期から身近にあった文章がしっくり来たんだと思う。
ときどき自分の中で「これを形にできたら面白いんじゃないか」と一気にワクワクした気持ちが膨らむことがある。ただ、それは私の頭の中にあるだけで、靄のようにふわふわとした不定形のものだ。だから文章という形にして、他の人にもなるべくわかりやすく伝わるように努める。私は、自分が「面白い」と思ったものを言葉で人に伝えたい。それは「私」ではないAIには決してできないことだ。
「Pixel × Pixel」にはトークセッションが行われる2つのステージの他にもう1つ会場があり、そこではクリエイターや学生による作品が展示されていた。「一体どんなふうに育ったらこんなものを思いつくの?」という奇想天外なものから、ごく個人的な関心・偏愛を落とし込んだ作品まで。これらはすべて誰かの「好き」の形なのだと思うと面白かった。私も自分の「好き」を形にしたい。AI時代の中で、ともすれば見失いそうになる原点を確かめられた一日だった。



