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メジャーデビュー10周年イヤーに突入!Ms.OOJAが語った、歌手人生の光と影

2020.8.31 12:00

シンガーソングライターのMs.OOJAさんが2020年2月16日、メジャーデビュー10周年イヤーに突入しました。

10周年イヤーとなる今年は、すでに新曲『HIKARI』(2月5日/映画「犬鳴村」主題歌)と『Heroes』(4月11日/埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手登場曲)が配信されています。

そして、8月26日には『Ms.OOJAの、いちばん泣けるドリカム』(2017)以来となるカバーアルバム「『流しのOOJA』〜VINTAGE SONG COVERS〜」がリリースされ、さらにメジャーデビューから満10年を迎える2021年2月にはアニバーサリーイヤーを飾るオリジナルアルバムをリリース予定です。

今回、10周年を記念してMs.OOJAさんに、これまでの振り返りをはじめ、女性としての心境の変化や、ファンの方への想いなど、たっぷり語っていただきました。

「流しのOOJA~VINTAGE SONG COVERS~」ジャケット写真
「流しのOOJA~VINTAGE SONG COVERS~」ジャケット写真

--10周年イヤーに突入おめでとうございます!まずは10周年イヤーを迎えた今の心境を聞かせていただけますか。

Ms.OOJA:今年2月のタイミングで色んな方からお祝いのコメントを頂いたり、ニューアルバムなどの発表があったんですが、そのときは「もう10周年なんだ」と自分でもビックリしました。あまりにも、あっという間すぎて。

今は、“10年の重み”というものを実感しています。今までリリースしてきた作品や、人との繋がりなどを思い返すと、「色んな経験をしてきたんだな」と。今は新型コロナウイルス感染拡大の影響で大変なときですが、その状況にも、自分なりに対処できていると感じています。それは、今まで積み重ねてきたことが自分への自信に繋がっているからかな、と思いますね。

--ありがとうございます。それでは、まずはMs.OOJAさんのこれまでについて伺えればと思います。2011年2月16日にメジャーデビューされる前はインディーズで活躍されていましたね。Ms.OOJAさんがアーティストになろうと思ったのはいつなんでしょう?

Ms.OOJA:子どものころから漠然と「歌手になりたい」という思いはあったのですが、恥ずかしくて口に出せなかったんですよ。それが17歳のときに、友達と行くカラオケじゃなくて、初めてステージに上がって人前で歌を歌う機会があって。そのときに、「歌手になるぞ!」と決めました。

歌手になることが“目標”になった17歳のときから、地元の三重のクラブで歌い始めて、20歳くらいのときに名古屋に行きました。そして、ラッパーのEL LATINOとのユニット「EL LATINO & Ms.OOJA」としてアルバムをリリースしたんですが、そのレコーディングのときは感動しました。その時の私には大きな前進でした。

そこから、ユニットでも自分が歌うパートがだんだん増えていって、27歳だった2010年1月20日に、初めてソロのミニアルバム『Ms.OOJA』をリリースしたんです。それまではサビだけを歌うことが多かった私が、初めて最初から最後まで歌うオリジナルアルバムです。

当時は、25歳も過ぎて30歳が見えてきたころ。10代や20代前半のときにクラブで一緒にライブをしていたアーティスト仲間が次々とメジャーデビューしていく様子を見ていたのですが、正直「自分は歌手としてやっていけるのかな」という不安も抱えていましたね。

ただ、ちょうど、『Ms.OOJA』を出したころ「ここまで来たら、“今、自分がいるこの場所”でやるしかない。この場所で一番にならなければ誰も見向きもしない」と思い「メジャーデビューできなくても、歌を歌っていく方法を考えよう」と自分の中で切り替えた瞬間がありました。

そんなときに、名古屋で出演していたライブに、たまたま、現在の所属レコード会社のユニバーサルの人が他のアーティストをスカウトするために来ていたんです。そこで声を掛けてもらい、メジャーデビューが決まりました。

1st SINGLE「It's OK」ジャケット写真
1st SINGLE「It's OK」ジャケット写真

--それが、夢が叶った瞬間だったんですね!ただ、17歳で歌い始めて28歳でメジャーデビューするまでは決して短い時間ではなかったと思います。その間どんなご苦労があったのでしょうか。

Ms.OOJA:10代や20代前半のころは楽観的だったんですよ。東京にある事務所に行ってオーディションっぽいものを受けたりしたことはあったんですが、その時は「誰かが何とかしてくれるでしょ」とシンデレラストーリーを夢見ていました。

そんなシンデレラストーリーはあるはずもなく、25歳を過ぎたときに「自分が至らないだけなんだ」と。自分が誰かに「この子を何とかしたい」と思わせる何かを持っていないと、どうにもならないのだと気付きました。

そのことに気付いてから、辛かったのは「歌うことが生活の中心になっていない」ということ。自分の時間を全部、音楽に使えないことが悔しくて…。それでも、お金は稼がなければいけないので、平日は普通の仕事をして、土日にライブに行く生活を送っていました。

歌っていたのがクラブシーンということもあって、当時のライブでの私はかっこよくキメて、けっこう尖っていたと思うんです(笑)なので、週末の自分と平日の自分のギャップにもモヤモヤしていましたね。

メジャーデビューする直前の2010年12月31日まで、その仕事は続けていたんですが、辞めるときは「やっと音楽だけに自分の時間を費やせることができる」と思って嬉しかったです。

--そして、いよいよ音楽のことだけに時間を費やせる生活が始まりました。メジャーデビュー当時の心境は覚えてらっしゃいますか?

Ms.OOJA:自分のブログで「ラジオに出演します」とか、「インタビューを受けました」などと報告できることが嬉しかったことを覚えています。ただ、当時の私はまだまだ未熟で、メジャーデビューした後も、右も、左も分かりませんでした。

そして、メジャーデビュー直後の2011年3月に東日本大震災が起こりました。震災時にはちょうどレコーディングをしていたんですが、急いでテレビをつけたら地震の被害の様子が映されていて、大変なことになると思いましたね。

今も、新型コロナウィルス感染拡大の影響で大変なことになっていますが、2011年当時と似ているところがある気がするんです。10周年イヤーの年で、ちょうど騒ぎが大きくなった時期も重なったので、何か運命的なものを感じていますね。

5th SINGLE「Be...」ジャケット写真
5th SINGLE「Be...」ジャケット写真

--確かに不思議な巡り合わせですね。そんな大きな波があったメジャーデビューから1年後に、代表曲のひとつとなる5thシングル「Be…」(2012年2月29日発売)がドラマ主題歌になり、大ヒットしました。その時はどんな心境でしたか?

Ms.OOJA:「Be…」は、作る段階ですごく苦労した曲なんです。ドラマの主題歌になることが決まってすごく嬉しくて、歌詞は10回ほど書き直してようやく完成させました。それが、レコーディング当日、スタジオに向かう途中に「歌詞にOKが出なかった」と言われ、スタジオの中で5、6時間かけて、全部、書き直しました。ただ、それくらい追い詰められて制作したのは初めてでしたし、だからこそ、すごくいいものが生まれたと思っています。

「Be…」は世に出たとたん、すごい勢いで広まっていきました。当時は、1曲ごとのダウンロード方式が主流で、午前5時にランキングが発表されていたんですが、スタッフの方が毎朝ランキングを見て「よし、今日も1位だ!」と教えてくれていたのが記憶に残っていますね。

2012年は夢見心地といいますか、「こういうことってあるんだ」という感じでした。オリジナルアルバムもカバーアルバムも、どちらも10万枚を超えましたし。それまでの人生では、「私、今、波が来てる!」と思っても、そのときだけで終わってしまっていて、「私の人生って、“波が続かない”のだな」と思っていたのに、「Be…」のときは、「波が続くとか、続かない」という感覚を一瞬で超えたものを感じられました。

--葛藤を何度も乗り越えた上で、努力を重ねて勝ち獲ったメジャーデビュー、そして大ヒットの記録…。この10年は様々な経験をした年月だと思うのですが、メジャーデビューからの10年間で嬉しかったことはなんですか?

Ms.OOJA:嬉しかったことはたくさんあるのですが、「Be…」が大ヒットしたことと、その年に開催した初ツアーが全会場ソールドアウトして、たくさんのお客さんが来てくれたことが嬉しかったです。自分が思い描いていたことだったので。

--逆に、苦しかったことはありましたか?

Ms.OOJA:「Be…」の大ヒットで、スポットライトを浴びることがある反面、逆に落とし穴があることも知りました。2013年のツアーは、2012年に比べガクンとお客さんが減ってしまい、空席が目立つ会場でライブをやって、私も歌詞を間違えちゃったり、不安定になっていましたね。

それと特に記憶に残っているのが、2013年の7月に出演した神奈川・鎌倉市由比ガ浜にある海の家のライブイベントです。1時間のライブを2回やらなければいけなかったのですが、会場に入ると、お客さんが10人くらいしかいなくて、それもいつも来てくれるファンの人たち。「『Be…』で知名度が上がっているはずなのに…」とも思いましたし、いつもライブに来てくれる人たちに自分の不甲斐ない姿を見せてしまうことが本当に申し訳なかったですね。

メジャーデビューって「スタートラインに立つこと」でしかないのですが、当時の私は「スターダムに登ること」だと勝手に思い込んでいたんですよ。2013年は、打ちのめされた1年だったなと思います。他にも、20代前半の私だったら「ここで終わっていただろうな」と思うことがたくさんありました。

ただ、そのときは私がもう30歳になっていて、経験と蓄積があったのでなんとか乗り越えられました。2014年には、方向性を定めて「よし、やるぞ」と自分の中で気持ちを立て直すことが出来たんです。

本当に、色んなことを試しながら、手探りで経験を積み重ねてきた10年だったと思います。そして、今、ようやく、ひとりで立つことができる自立した大人になれたような気がしています。

2nd CoverALBUM「MAN -Love Song Covers 2-」ジャケット写真
2nd CoverALBUM「MAN -Love Song Covers 2-」ジャケット写真

--10年間続けられてきたこと、様々な経験をされたことが今のMs.OOJAさんを作られているのですね。それでは、続いて楽曲について教えてください。カバー曲も多く発表されていますね。「Ms.OOJAといえば、カバー」という人もたくさんいるのではないかと思うのですが、それについての思いはありますか?

Ms.OOJA:はい。実際に、今でも、サブスクのランキング上位はほとんどがカバー曲です。私もカバーを聞くのが好きなので、気持ちは分かります。

ただ、ちょっと前までは、「Ms.OOJAといえば、カバー」というイメージに対して、何かモヤッとしたものを感じていたのも事実です。オリジナルの楽曲で挽回したいと思ってもいましたね。だけど、「カバー曲、聴いています」と言ってもらえたり、自分のヒット曲の上位にカバー曲がたくさん入っている現状を、10年目になって、ようやく受け止めることができるようになりました。

自分で曲を生み出すことももちろん好きなんですが、私はとにかく歌うことが大好きなので、今は、「カバーも含めてMs.OOJAなんだ」と思っています。歌声を評価してもらっているということだし、カバーは歌手としての力量がないと伝えられないので。

--カバー曲に対する考え方が変わったキッカケは、具体的にあったのでしょうか?

Ms.OOJA:『Ms.OOJAの、いちばん泣けるドリカム』(2017)をつくったときに、明らかに、それまでの感覚とは違うものを感じたんです。ドリカムには難しい楽曲が多いし、吉田美和さんという最強のボーカリストがいるので、すごく難しいアルバムになったんですが、それが人に届いたときに、「自分にしかできないことをやっているんだ」という思いが強くなりました。

そもそも、大好きなアーティストの曲だけでひとつのアルバムをつくることは誰にでもできることではないですし、気持ちの面でも「ただカバーして歌っているだけじゃないんだぞ」ということを、自分の中で消化できたのかなと思います。

『Ms.OOJAの、いちばん泣けるドリカム』を出してから、「世の中にはすばらしい楽曲がたくさんあるし、それは歌手が歌い継いでいかなければいけない」と感じ始めたのも大きかったですね。それまでも、“カバーをやる意味”というものをぼんやりとは分かっていたと思うのですが、『Ms.OOJAの、いちばん泣けるドリカム』をつくったことで、俯瞰して捉えることが出来るようになりました。

--DREAMS COME TRUEという偉大な先輩の楽曲を自分なりにカバーしきったという思いが自信を生んだんですね。一方もちろんたくさんのオリジナル曲も作って来られています。そんな中で、Ms.OOJAさんの楽曲は、歌唱力やテクニックが必要な難しいものが多いイメージがあるのですが、何故なのでしょうか?

Ms.OOJA:つくっているうちに自然と難しくなってしまうんですよね(笑) 後で後悔することも多いんですが、難しい曲が好きなんだと思います。最近のオリジナル曲は、過去に比べたらそこまで難しくはないはずなんですが、ただそういう難しい曲があったからスキルアップすることができた面もあるんじゃないかと。今の課題は、もっと歌いやすい曲を作ること。例えば、今だにカラオケなどで歌い継がれている名曲は、どれも歌いやすいんですよね。

--オリジナル曲のテーマを見てみると“応援歌”として愛されている楽曲がたくさんありますね。応援歌を多く歌われる理由はどこにあるんでしょう?

Ms.OOJA:「Be…」のころは恋愛ソングが多くて、近年は、応援歌が増えていますね。私のライブに来てくださる方は、大人の方が多いんです。男女の比率も同じくらいで。そういう方々が私の歌を聴いて「明日も頑張ろう」と思ってくださっていることが色んなメッセージから伝わってきます。

そんなメッセージを見ていると「大人って大変だな、生きるって大変だな」と思うんですよ。自分もいい大人でそれを実感しているので、そこを歌にすることが増えたのかな。私はよく「中性的な声だね」と言われるんです。その声で伝えられるものは何かと考えた時、応援歌が合っていると思うし、そう思うのは、私の歌を、日々を頑張っている人たちが聴いてくれているからかなと考えています。

--ファンの方のメッセージを受け取って、それをMs.OOJAさんが歌で伝える、とてもいい関係性ですね。そんなファンの方とのふれあいの場である、ライブについても聞かせてください。Ms.OOJAさんはよく「ちょどいいライブを目指している」とおっしゃっていますが、これはどういう意味なのでしょうか?

Ms.OOJA:私は、美味しい物を食べることが好きなんですが、“いいお店”というものは、素材も含めて色々な要素が混ざり合って決まってくると思っていて、その要素の中で「適量を出す」ことが大事だと感じています。料理が少なすぎてもダメだし、多すぎてもダメ。“いいものを、適量で、適切なタイミングで出すことができるお店”が、私にとって“いいお店”なんです。

ライブでも、その“適量”を目指しているところがあります。いいタイミングで、いい曲をやって、いいタイミングで終わる……それが私の中での“ちょうどいいライブ”。

私は、オールスタンディングのライブはやらないし、逆に座りっぱなしのライブもやらないです。デビュー以来ずっとアンコールはやらないことにしています。それで時間はたいだい2時間。1時間半くらいでもいいかなとも思っているのですが、ライブの時間の3割くらいは立ってもらう時間を作ります。

私の曲や声は、聴いている人にとっては“重め”だと思います。“カロリー高め”のものを投げているので、2時間が適量かなという計算。過去にスタンディングで2時間半くらいやったこともあったのですが、そのときは無駄にしゃべりが長かったり…。色々と試した結果、今の“適量”にたどり着きました。

きっと、自分が40代や50代になったら、スタンディングなしのライブ自体の時間を短めにしたコンパクトなライブをするようになると思います。そのときどきで変わって行くと思いますが、来てくれた人に「ちょうどよかったな」と思って、帰って行ってほしいんです。

--年齢と共にMs.OOJAさんにとってもお客さんにとっても、“ちょうどいい”ライブの形に変化させていくということですね。そしていよいよ10周年イヤーについてお伺いしたいのですが、まずは8月26日にリリースされたカバーアルバム「『流しのOOJA』〜VINTAGE SONG COVERS〜」について、教えていただけますか。

Ms.OOJA:“流しのOOJA”と名付けて、去年の11月くらいから、札幌のバーに行って、突然流しスタイルで歌うということをしています。以前、札幌のバーに行ったときに、アナログレコードを聞く機会があって「レコードで聴く音楽ってすごくいいな」と感じました。歌謡曲といいますか、ニューミュージックといいますか、当時のアメリカやヨーロッパの音楽を意識して作ったような楽曲がすごくかっこよくて、自分がしびれる感覚があったんですね。

“流しのOOJA”は、その楽曲を歌いたいなと思って始めた企画です。“飲んだついでに歌う”という自分が楽しめる場所を作るためのプロジェクトでもあるんですが(笑) その“流しのOOJA”から派生して、夏にカバーアルバムをリリースすることになりました。

実は、私発信で「こんな企画のカバーをやりたい!」ってカバーアルバムをつくるのは今回が初めてで。歌謡曲のカバーはずっとやりたいと思っていたので、とても思い入れがありますね。レコーディングは始まっているのですが、めちゃめちゃいい曲が出来上がっています。

--2017年以来、約3年ぶりのリリース、そしてMs.OOJAさんの思い入れの強い作品と伺っては、否が応でも期待が高まりますね!さらに、来年2月には、10周年記念のオリジナルアルバムも控えられています。ファンの方々も内容について気になっていると思うのですが…。

Ms.OOJA:制作は去年から始まっています。すでに、『HIKARI』と『Heroes』は配信されていますが、オリジナルアルバムでもいい曲がたくさん出来てるんですよ。カバーのところで「しびれる」という言葉を使いましたが、自分がしびれるもの、「かっこいいい」、「これ好き!」というものを追求して作っているので楽しみに待っていてほしいですね。

BEST ALBUM「THE BEST あなたの主題歌」ジャケット写真
BEST ALBUM「THE BEST あなたの主題歌」ジャケット写真

--どちらのアルバムもMs.OOJAさんの思いのこもった名盤になりそうですね。それでは、ここで少しMs.OOJAさんご自身のことも伺えればと思います。この10年間で感じているご自身の変化はありますか?

Ms.OOJA:20代後半と30代後半ではぜんぜん変わりました。まず身体的な変化。美容は、20代のころは何を使っても変化がなかったのですが、30代後半では、「すごい、これいい!」と良いことをした後に変化が出るようになりました。それまでは、何を使ってもいいを状態を保てていたのだと思いますが、30代後半になると、そうもいきません。年を取るってこういうことなのだなと感じています。

心境的なところでは、今はすごく落ち着いていて、色々なことを俯瞰して見られるようになっていますね。歌もそうだし、自分の状態もそうですが、37歳の今が一番いいと思っています。どの人間も1日ごとに老いていくわけですが、不思議に、今は、日に日に、よくなっているなと。色んな面で、人生の中で一番いい状態だと思います。

20代のころは、“空回りの自信”のようなものはありました。でも、今は、中身が伴っている自信。色んなことで転んで、傷ついて、地べたを這いつくばりながら進んで来た自負があるからだと思うんです。

女性としては、結婚とか、出産など、色んなことを考えます。そういう人生もあると思いますし、これから先どうなるか分かりませんが、焦りみたいなものは今はないんですよ。ちょっと前までは、「女性に生まれたからには妊娠、出産、子育てというものを経験したい」と強く思っていました。今は、経験できればすばらしいことだとは思いますが、そこに囚われない生き方もあると考えるようになりました。すごく強くなりましたね。

--身体的な変化は感じつつも、やはり、これまでの経験が“人生の中で一番いい”と言い切れる今の良い状態のMs.OOJAさんを作り上げられてるんですね。そんな状態の良いと仰る今ですが、生活面で心掛けていることはありますか?

Ms.OOJA:小麦粉を食べ過ぎないことです(笑) グルテンってすごく美味しくて、食べ過ぎてしまいがちなのですが、パンとか麺類に気をつけています。週に1回の樫木裕実さんのパーソナルトレーニングと、月に1回のエステも、絶対に外さないようにしています。

あとは、2日酔いになるまで深酒をしないこと。去年くらいから風邪を引きやすくなりました。なんでだろうと思ったら、調子に乗って飲んだ次の週に必ず風邪を引いてました。そういう面でも、昔と同じようにはいかないのだなと感じています。

昔から心掛けていることは「無理はしない」。例えば、早寝早起きは、私には合わないです(笑) 昨年の年末、実家で甥っ子と一緒に過ごしていたら、早寝早起きになったんですね。その流れで年明けからしばらく早寝早起きをしたのですが、調子が悪くて(笑)

今は、周りに囚われず自分のペースで生きていくことが大事かなと思います。食事は3回取ることがいいって言われるじゃないですか。でも、私は3食取ったら食べ過ぎだと思っていて、朝ご飯を食べたら食べ過ぎだし、お昼ご飯も食べ過ぎると調子悪くなるし。あと、ぜったい走りたくない(笑) 苦しい筋トレや、痛いマッサージも絶対にやりません。ジムで走ったり、痛いマッサージをやったこともあったんですが、そういうのは全部やめて、心地よく生きることにしました。なので、今が一番、健康的で、美容にもいいと思っています。

--自分にとってベストな生活の方向を見つけられたんですね。現在30代後半になられて、たくさんのことを経験されてきたと思います。それを踏まえて、今後の目標などはあるのでしょうか?

Ms.OOJA:長く歌っていきたいので、現状を極力維持していきたいというのが正直な気持ちです。「50代や60代になって声も変わってきたときに、こういう曲を歌っているのだろうな」とか、「こういうメッセージを届けているだろうな」と想像することがあります。ただ、ミュージカルに出たいとか、女優さんに挑戦したいとかはまったくありません。よく、「ミュージカルに挑戦してみれば?」と言われるのですが、シンプルに歌を歌って、自分らしくライブができたらそれで十分だと今は思っていますね。

--具体的な未来の画が浮かんでいるのは、とても素敵ですね。それでは、プライベート面ではどうでしょう。

Ms.OOJA:結婚していても、していなくてもいいのですが、猫にとって快適な家を建てたいなという希望はあります。今の家も大好きなのですが、年を取った時は、都会から離れた場所でゆったりした時間を過ごしたくなると思っているんですね。なので、郊外に建てた大きめの“猫ハウス”で暮らしたいです。

--ぜひ実現されることを願っています!では、最後に、この10年はファンの方と共にあった年月でもあると思います。そんなファンの方へメッセージをお願いします。

Ms.OOJA:ファンの方がいてこその歌手だと思います。ファンの方がいると生まれる曲も変わってきますし、応援歌が多くなったのも、ファンの方のメッセージや、ライブで会ったときの思いが伝わってきたからです。Ms.OOJAと言うアーティストはファンの方を含めてみんなで作っていると言っても過言ではありません。ときどき聴かなくなったりすることはあると思いますが、「私はいつでもここにいるよ」と伝えたいですし、“ファンの方が帰って来ることができる場所”でありたいと思っています。

ファンの方の中には、当初高校生だったのが20代後半になって結婚して子どもが生まれた人もいます。ライブにその子を連れてきてくれて、「あのときお腹を触ってもらった子です」とか。また、「中学生のときに聴いていました」という人と今、一緒に仕事をしていたりもしていて、10年間という月日の重みを感じますね。

でも、まだまだ10年じゃないですか。これから20年、30年となったときに、重みはもっと増えていくわけで、それこそ、ファンの方の人生がそのまま歌になったりもします。

強い繋がりを感じているファンの方たちがこんなにたくさんいることは、すごく幸せなことだと思っています。本当に感謝しています。

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