山猿、大ヒットを記録する楽曲『名前の無い歌』に込めた思い、そして今伝えたいこととは?

2020.6.17 19:30

山猿が、SNS上で発信したことからスタートした楽曲『名前の無い歌』が、今、人気を呼んでいる。

2010年にLGMonkeesとしてメジャーデビューした山猿は、2014年にLGMonkeesの“解散”を電撃発表し、その後、元々のアーティスト名で再スタートを切った。地元・福島に根ざした活動をしていることでも知られている。

そんな彼が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、やむ無く中止となった「山猿『あいことば7』RELEASE TOUR 2020」の本来の初日公演だった4月4日に自宅で即興で作曲されたのが『名前の無い歌』だ。

会いたくても会えない大切な人への想いをストレートに綴った『名前の無い歌』。自宅にて完全に一人でレコーディングしたこの楽曲は、翌日には本人のTwitterやInstagramにて発信された。そして、それはTikTokやSNS上で若い世代を中心に広く拡散。6月8日からはLINE MUSIC独占で先行配信され、6月10〜16日のウィークリーランキングでは、人気アーティストの楽曲がひしめく中、堂々の1位に輝いた。

そして、この楽曲のさらなる追い風となったのが、ミュージックビデオだ。自粛生活を余儀なくされていた俳優の秋山勇次が、全て秋山が自宅で一人で撮影・編集したもので、YouTubeで公開されているこのミュージックビデオは、6月17日現在400万回再生に迫ろうかという驚異的な数字を叩き出している。

“コロナ禍”というこれまで人々が経験したことのない、特殊な状況下で大きな話題を呼んだこの楽曲を制作した山猿、そしてミュージックビデオを制作・出演した秋山勇次に話を聞いた。

ーまずは、新曲『名前の無い歌』のMVが400万回再生に迫る勢いで、独占先行配信されたLINE MUSICではウィークリーランキング1位を獲得するなど大きな反響を呼んでいますが、率直な感想を聞かせてください。

山猿:自分でもすごく驚いています!本当に沢山の人達に聴いて頂いているんだなと思うとまだ信じられません(笑)

ー『名前の無い歌』はどんなきっかけ、どんな思いで作られたのでしょうか?

この曲は、残念ながら中止になってしまったツアーの開催初日を予定していた4月4日に即興で作りました。緊急事態宣言が出されていた当時、ファンのみんなにも会えず、大切な人、友人、離れて暮らす家族、会いたい人にも会えない現実に押しつぶされそうになり、毎日塞ぎ込んでいました。その時の思いは、ファンのみんなに会いたい!今すぐに会いたい!それだけでした。そんな思いの中、無我夢中で自宅で1フレーズとサビを録音して、すぐにSNSにアップしました。

どんどんこの曲が広まっていくのと同時に、沢山の方からDMでメッセージをいただき、その時はじめて全国のみんなも僕と同じ様に「大切な人に会いたくても会えない」そんな日々に苦しんでいる事を知り、僕が下を向いてる場合じゃ無い!頑張らなくちゃ!と、みんなから勇気をもらいました。

『LOVEからはPEACEしか生まれない』この曲が沢山の人達の愛をつなぎます様に。

ーこの楽曲の制作は、作詞作曲からレコーディング、編集まで一人で行ったとのことですが、普段はスタッフが何人も関わり合う楽曲をお一人で作り上げたことで改めて見えてきたもの、感じたことはありましたか?

山猿:今も基本的にそうですが、ステイホーム、3月、4月、5月の自粛期間中はレコーディングスタジオにも行けなかったので、レコーディングに必要な物をネットで調べて、一つ一つ機材を買い揃え、全て一人で行いました。

もともとデモ段階のプリプロ(仮録音)出来るレコーディング機材は持っていましたが、それはZOOM MRS-1608というすごく古く、かつすごくマニアックなもの(笑)。今のミュージシャンでこの機材でレコーディングしているのは世界で僕くらいだと思います(笑)。

でも、その手持ちの機材では、古すぎてマスタリングエンジニア(Tucky’s Mastering)や今回アレンジを担当してくれたAIBA(PandaLion)にデーター形式でアレンジや音源を渡すことが出来なかったので、マイクから全て機材を揃え直しました。きっとびっくりされると思うんですが、機材と言っても5万円もかかっていません(笑)

今ミュージシャンを目指している若い世代の方にこれだけは言わせてください。
「数万円の機材で自宅でレコーディングした曲でもチャート1位をとれる、今の時代は好きな事も、夢も自分で叶えられる。」

ー多くのミュージシャン志望のかたが勇気づけられるお言葉ですね!そして、この楽曲のMVには俳優の秋山勇次さんが出演していらっしゃって、秋山さんもMVを自宅で一人で撮影、編集したと伺っています。このMV制作の経緯はどんなものだったのでしょうか?

このMVは、自粛期間中に僕がTikTokに投稿した『名前の無い歌』の音源を使いファンの子達がSNSに載せてくれた動画に、以前から交友のあった俳優の秋山君が共感してくれて「俳優の僕にも何か出来る事はありませんか?」と連絡をいただいたところから始まりました。

自粛期間中と言うこともあり、詳細や編集はリモートで打ち合わせを行い制作を進めました。全て自分たちの手作り動画です(笑)!

この動画の他にも全国のダンサーやアーティスト仲間が各々のステイホーム期間中に撮影した動画やリリックビデオをSNS上で発信してくれて、この曲を少しでも多くの方の元へ広めようとしてくれています。

また、ファンの子達が載せてくれている動画もとても個性的でクオリティが高いものが多いので、コロナウイルスが落ち着いたら今後のMVに取り入れたり、動画を編集してひとつのMVに出来たらいいな、なんて事も考えています。

ー秋山さんからもMV制作の経緯を伺えますか?

秋山勇次:最初この山猿さんの歌をSNSで聞いた時に、今のステイホームしている色んな想いを秘めた人たちに響く切なくて温かい歌だなと思いました。以前「あいことば2」に出演させていただいて、いつも気にかけてくださってる山猿さんへこの歌に合うかなと動画を送ったところ「動画の続きも僕に作ってもらいたい」と山猿さんからお話をいただきました。

全部1人で出来るのか不安でしたが、山猿さんと熱いやりとりを重ねて完成まで至りました。現時点(取材時)で300万再生を超えて、MVに携われた事を誇りに思います。

ー次に、山猿さんの活動についてお伺いします。最近ですと、アルバム『あいことば7』を2020年3月10日にリリースされていますね。このアルバムは、配信などはせず、CDショップの店頭でも販売しないCDをインディーズ作品として発表したことについて考えを教えてください。

山猿:実は去年メジャーからインディーズに戻り、地元の仲間達と1から音楽事務所を作りました。PAC DA RECORDZ(パックダレコーズ)と言うんですが、あえてSじゃなくZ(笑)

今の時代はCDよりも配信で音楽を聴く事が当たり前になっていて、自分が音楽をやっているんだという証が欲しかったんです。僕もそうでしたが、昔は好きなミュージシャンの音楽は直接CD屋さんに買いに行って、車や家でガンガン聴いていました。自分の好きなミュージシャンが大切に作ったアルバムだからこそ、ジャケットや歌詞を何度も何度も見て大切にしていました。

当時は配信なんてものはなく、好きな子に「この曲良いから聴いてみてよ」なんて、お互いの好きなミュージシャンのCDを貸し借りしたりしていたのを覚えています。あの時はまさか自分がミュージシャンになるなんて思ってもみませんでした。

あの頃の様に、今の若い世代のみんなにもミュージシャンが作ったアルバムを大切にして欲しいと思い、今回のアルバム『あいことば7』は一切配信もせず、本当に聴きたいと思ってくれた方の心に届く様に、版だけのリリースと言う形にしました。ある意味、時代の流れに勝負を挑む様な感覚でした。それでも、お陰様でめちゃくちゃ売れまくっていてメジャーに居た時よりもたくさんの方に届いている気がします(笑)

ーそして、山猿さんは地元・福島に根ざした活動をされているかと思います。地元での活動にこだわる理由を教えていただけないでしょうか?

山猿:ただ単純に僕は地元が、福島が大好きなんです(笑)

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は9年前の東日本大震災の時に仙台に住んでいて、生活していた家が津波で流されてしまいました。その後数か月間、近くの小学校や、親戚の家、千葉に住んでいる妹の家を転々として避難生活を送っていました。

やっと地元福島で生活の目処が立ち、従来の生活を取り戻しつつある日々の中で、慣れ親しんだ街や人、風景に再会し、地元の温かさに胸を打たれました。見渡せば田んぼと山と……田んぼが広がり(笑)

冬には一晩で腰の高さまで雪が積もってしまう様な街ですが、僕が生まれ育った地元は、ミュージシャンとなった今でも僕を成長させてくれます。この街でなければ作れない歌がある。僕はこれからも、この大好きな地元で、音楽と向き合っていきたいです。

ーそれでは、最後にファンのみなさんにメッセージをお願いします。

全国の山猿Famのみんなへ…
いつも応援ありがとう!必ずまたみんなに会える様に、僕は全力で走り続けます!そしてその時は絶対に笑顔で会いましょう!愛してます!

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